令和4年度同窓会記念誌 希望の光 ~新しい世を照らせ~
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 昨年10月下旬のある日、私は同窓会の仕事で一高に向かう途中、御崎神社の南の道路で、学校から神社の方に歩いて来る数十人の一高生に出会った。生徒たちは何やら微笑みながら皆両手で何かを大切そうに持っている。近づくと両手で持っているものがリンゴだと分かった。 学校へ着いて3学年所属の先生から事情を伺い大いに感動した。 リンゴは同窓会長の丹沢良治氏が全校生徒にプレゼントした佐久臼田のリンゴである。一高の強行遠足はここ3年、男子は小諸、女子は小海をゴールとするフルコースでは実施できなかった。3年前は千曲川流域が台風19号の直撃を受け中止、2年前はコロナ禍で県内だけの短縮コースでの実施、昨年はコロナ蔓延による中止。今年度卒業する3年生はフルコースを一度も経験することなく卒業することになった。 せめて一度くらいはフルコースを歩かせてやりたかった。この行事にあつい期待を寄せていた生徒を慰撫したい。これまでこの行事を支えてくださった長野の皆様のやさしさを生徒に何とか伝えたい。丹沢会長は、先生方、PTA、同窓会の関係者のさまざまな思いを汲みとり、自費で長野のリンゴを調達し、全校生徒にプレゼントしてくださったのである。 私が生徒たちと出会った日は卒業アルバムの写真を撮る時期で撮影場所はクラスで決めるということで、生徒たちのクラスはプレゼントされたリンゴをもって御崎神社で撮ってもらおうということになったという。生徒が持っているリンゴを見て、30年程の前、現役の教員の自分が生徒によく話したリンゴのことを思い出した。 〔あらまし〕人類の歩みには大切なリンゴがいくつかある。一つは「聖書」にある人類が知恵と理性をもつことになるアダムとイブのリンゴ、二つ目は抑圧と専制とたたかうウイリアム・テルのリンゴ、三つ目はニュートンが法則を発見するヒントになるリンゴ。 一高にはもう一つのリンゴがある。それは「臼田のおばあちゃん」(強行遠足史上の伝説的人物)が検印所で男子生徒に手渡しでプレゼントしてくださるピカピカにみがいたリンゴだ。ある男子生徒は心を寄せる女生徒にリンゴをプレゼントし、女生徒はそれをパイにしてお返しする。卒業後も交際を続け結婚したという話もある。全部がそううまく行くわけではないが、一高生にとってはそれぞれにかけがえのない宝ものだ。 丹沢会長にもリンゴについてこんな思い出があるそうだ。会長は頑張って臼田に8番で到着した。体力の大半は使い果たして疲労の極にあったが、小諸まではあと少しだ、がんばろうという気持ちでいた。「臼田のおばちゃん」(当時はまだ「おばあちゃん」ではなかった。)がリンゴをくれた。しかし自分の分のほかあと5つ持って行ってくれという。会長の前に到着した5人は急いで検印所を通過してしまい、リンゴを渡せなかった。だから5人にリンゴを渡してくれというのである。5人のことを考えて彼らにもリンゴという「おばちゃん」の気持ちは尊くありがたく感謝の念はいっぱいだったが、小諸までの道のり5つのリンゴが何と重く切なかったこと。 甲府一高にはいろんなストーリーがある。中でも強行遠足は忘れがたい心に残るストーリーがいくつもある。 今年度の卒業アルバムの中のクラス写真に一高にゆかりの深い御崎神社の境内でリンゴを手に写る生徒たち。彼らは強行遠足への思いを卒業アルバムの中に遺してくれたのである。 強行遠足は実施されなかったが、そうであってさえ、このような心温まるストーリーを紡いでくれる行事なのである。 来年度こそはと切に願うばかりである。17「甲府一高のリンゴ」同窓会顧問 大西 勉

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